「神って、いるんだろうか?」
「いたとして、それはどんな存在なんだろう?」
そんな疑問を、ふとした瞬間に考えたことはないでしょうか。
私自身、宗教に詳しいわけでもなく、むしろ“神”という言葉には少し距離を感じていました。
でも、『神の探求1』を読んで、その印象がガラリと変わったのです。
神というのは、空の上から私たちを見下ろしている存在ではなく――
**「すでに私たちの内側にあるもの」**だという、深くてやさしい気づきをくれた本でした。
ケイシーのリーディングを、光田さんがやさしく解きほぐす
この『神の探求』シリーズは、エドガー・ケイシーが残したリーディングの中でも特に重要とされる“神との関係性”をテーマにした12の学びを、現代人にわかりやすく伝えるために書かれたものです。
中でもこの『神の探求1』は、「私たちはなぜ生まれてきたのか」「神とは何か」という一番根本的なテーマに正面から向き合っています。
ケイシーの思想はときに深遠で、初めて読むと戸惑うこともありますが、光田秀さんの語り口はとてもやさしく、誠実です。
「理解してほしい」「一緒に考えてみませんか?」というあたたかい姿勢が感じられて、読み進めるうちに自然と心が開かれていきました。
神は“信じるもの”ではなく、“気づくもの”
この本の中で、何度も心に残ったのは、「神は私たちから遠く離れた存在ではない」というメッセージでした。
多くの人が、“神”というと、宗教的な偉大な存在、あるいは裁くような厳格なイメージを持っているかもしれません。
でもケイシーは、「神は私たちの“内なる自己”の中にある」「私たちはもともと神の一部だった」と語ります。
この考え方は、スピリチュアル初心者の私にとっては最初驚きでしたが、読んでいるうちに、とても自然でしっくりくる感覚が生まれてきました。
「だから、自分を大切にすることは、神とつながることなんだ」
「人に優しくすることも、神と調和する行為なんだ」
そう思えるようになると、毎日の過ごし方や、ものの見方が変わってきた気がします。
神を探す旅は、自分自身を探す旅
『神の探求1』では、「神を知ることは、自分の魂のルーツを知ること」だと説かれています。
私たちはどこから来て、なぜこの人生を生きているのか――そんな大きな問いに、ケイシーの教えはあくまで実感に寄り添った形で答えてくれます。
難しい理屈ではなく、日常の中で実践できること、心がけられることが中心です。
たとえば、祈ること、静かに自分の内側と向き合う時間を持つこと。
そして、自分の言葉や行動が、他人に与える影響を意識すること。
これらは、特別な修行でも宗教的儀式でもありません。
むしろ、**「今ここにある日常の中にこそ、神を感じられる」**という、目の前の世界に光を当てるような言葉たちでした。
自分を責めるより、受け入れることから
この本を読んでいて、とても救われたのが「自己否定ではなく、自己理解が神とのつながりを深める」という考え方でした。
私はこれまで、「もっと努力しなきゃ」「今の自分ではダメだ」と自分を追い立てることがよくありました。
でもケイシーの言葉を通して、「そのままのあなたにも価値がある」「完璧でなくても、あなたは神に近づける存在だ」と語られることで、心がふっと軽くなったんです。
“探求”というと、堅苦しく感じるかもしれませんが、『神の探求1』はまるで魂のセラピーのように、じんわりと心を癒してくれます。
どんな人に読んでほしい?
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人生に意味を見出したいと感じている人
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自分や人をもっと優しく受け入れたい人
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スピリチュアルには興味があるけど、何を読んだらいいか迷っている人
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「神」という言葉に少し抵抗があるけれど、気になっている人
そんな方にこそ、この本は寄り添ってくれると思います。
最後に
『神の探求1』は、読むたびに新しい気づきがある本です。
そして何より、「神と出会う」というのは、他の誰かになることではなく、“本当の自分自身”と出会うことなんだと気づかされました。
静かに自分を見つめたいとき、人生に立ち止まったとき、そっとページを開くと、まるで心の深い場所で神と対話しているような――そんな静かな時間が流れ出す一冊です。
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